大地震時に谷を埋めた盛土が変動する現象として“滑動崩落”があります。
熱海市伊豆山地区の事例で盛土が注目されていますが、谷埋め盛土の“滑動崩落”についてはあまり危機感が持たれていません。
<盛土の滑動崩落とは>
大地震時に造成宅地で被害が出ることは、以前から知られていました。
釜井,守隨(2002)※1は、兵庫県南部地震の滑動崩落現象の解析から、谷埋め盛土の横断形状(幅/深さ比)が変動・非変動に大きな影響を及ぼすことを明らかにしました。
幅/深さ比が10以上なら変動し、10より小さいと変動しないという傾向が見つけられたのです。
すなわち、薄い形状の盛土ほど変動しやすいということです。
その他に、盛土の強度は変動・非変動にあまり関係がないことや、底面勾配が緩い盛土ほど変動割合が高いことなどが見い出されています。
これらのことは、従来、二次元断面で考えていた地すべり安定計算のイメージとは真逆のものでした。谷埋め盛土が大地震で変動するかしないかは盛土の三次元形状によることが分かったのです。
<側方抵抗モデル>
その考えをさらに推し進めて開発されたのが、太田,榎田(2006)※2による側方抵抗モデルです。
これは、底面の摩擦が0に近く側面の摩擦力が強い簡易力学モデルで表され、遊具のすべり台と同じ原理であることから、ローラースライダーモデルとも呼ばれます。(下図参照)
盛土内に地下水がある場合、地震により過剰間隙水圧が発生し底面抵抗が0になります。そして、底面に対して側面抵抗が大きければ盛土は変動しません。
また、このモデルは土質強度にあたる定数を、過去の災害事例から統計的に逆算する形で求めています。
そのため、計算に必要なデータは盛土の形状に関するもの(幅、深さ、長さ等)だけでよく、机上調査のみで概略的な評価が可能です。
側方抵抗モデルの模式図(中埜ほか(2012))※3
すべり台は底面摩擦が小さいので滑っていく。減速は側面の手すりを持って行う。
<来たるべき災害>
釜井,守隨(2002)※1では、今後の大地震により都市部で斜面災害が発生する可能性が極めて高いことが指摘されています。
そのための対策として国は、大規模盛土造成地マップを公表し、滑動崩落対策事業を進めています。
しかし残念ながら、現在の滑動崩落対策事業では上記の側方抵抗モデルを使わず、従来の二次元安定計算を使うことになっています。これでは信頼性の高い評価結果になるはずがありません。
技術的にはかなり高い精度で予測が可能で、簡易な対策も考えられているのに、あと一歩のところでつまづいているのが、この谷埋め盛土の問題です。
少しでも多くの方がこの問題に関心を持ち、“来たるべき災害”に備えてほしいと願います。
【出典】
※1:釜井俊孝・守随治雄(2002)「斜面防災都市ー都市における斜面災害の予測と対策ー」,理工図書
※2:太田英将・榎田充哉(2006):谷埋め盛土の地震時滑動崩落の安定計算手法,第3回地盤工学会関東支部研究発表会講演集,pp.27-35
※3:中埜貴元ほか(2012):宅地盛土における地震時滑動崩落に対する安全性評価支援システムの構築,日本地すべり学会誌,Vol.49. No.4 pp.164-173