大規模盛土造成地に関する陳情(側部抵抗モデル)

<はじめに>
 大地震時に谷を埋めた盛土が変動する現象として“滑動崩落”があり、その対策として大規模盛土造成地の変動予測調査が進められているところです(2024年10月現在)。
大地震で起こる谷埋め盛土の滑動崩落

 変動予測調査は、国によるガイドライン※に従って地方自治体が実施していますが、筆者は、このガイドラインの手法の根本的な誤りから、変動予測調査の結果の信頼性は低いと考えています。

大規模盛土造成地の滑動崩落対策推進ガイドライン
規模盛土造成地の変動予測調査の流れ

 せっかくお金と時間と手間をかけて調査して、その盛土造成地は大地震に対して安全であるとの判定が下されても、いざそこで大地震が起きたら盛土が崩れて住宅に被害が出てしまう、ということがかなり高い確率で起こり得るのです。

 そこで筆者は、変動予測調査の結果の信頼性を少しでも上げるために、関係する地方自治体へ、ガイドラインの改善案を陳情という形で提案することを試みました

 以下、その顛末を述べてみます。

<陳情書の提出と陳情の結果>
 提出した陳情項目は以下です。

●受理年月日:令和5年6月28日(2023/6/28)
●題名:大規模盛土造成地における滑動崩落対策に関する陳情


項目1.大規模盛土造成地(谷埋め型)における地震時の安定性を評価するにあたり、統計的側部抵抗モデルを用いた評価を実施すること。

項目2.その評価結果を公表すること。公表の時期は、第二次スクリーニング計画の作成時が望ましい。公表の方法は、メッシュを用いたマップにすることや、希望者のみに公開すること等が考えられる。

項目3.個人で行う滑動崩落対策(宅地耐震化)への補助制度を設けること。

項目4.統計的側部抵抗モデルによる評価で、変動する可能性が高いと判定された大規模盛土造成地(谷埋め型)について、簡易的な地下水位測定を行うこと。

 結論から言うと、項目1.項目4.については、担当課から採用するとの回答が得られました。しかし、残りの項目2.項目3.については、現時点での対応は難しいと判断されたため、その後の審査を進めることができなくなり、この陳情は“撤回”という結果になりました

 陳情の採決結果に”部分採択”がないため、一部でも不採択であれば、その陳情の全体が不採択となります。できるだけ多くの項目を挙げておこうとしたことがアダとなったわけです。

<意見陳述と委員会審査>
 まず陳情とは、国や地方自治体に対して何らかの要望を出し、それに対する処置を希望することです。手続きも比較的簡単で、自分の陳情内容を指定の書式に従ってA4一枚程度にまとめて議会に提出します。また議員の紹介がある場合は”請願”になります。

 陳情は受理されると、議会の中で担当になる委員会で審査となります。筆者の場合は建設常任委員会での審査となり、審査の前に5分程の意見陳述の場がありました。

 委員会のメンバーは地方議員の方々です。この時の審査の結果、筆者の陳情は、検討の余地ありとのことで“継続審査”ということになりました。陳情の内容を自治体側で精査し、次回の委員会で再び審査するということです。

 筆者が陳情を提出した時期は、ちょうど熱海市で盛土崩壊による土石流があったときで、多くの報道があり、盛土への関心が高かったことも影響していると思います。

<担当課との協議>
 建設常任委員会での”継続審査”を受けて、担当課と陳情内容について協議することになりました。

 筆者(陳情者)から、谷埋め盛土の滑動崩落現象の原理と側部抵抗モデルについて説明し、これについては概ね理解を得ることができました。

 次に議論になったのは、国が作ったガイドラインから逸脱したことをしてよいのか?ということです。
 担当課としては、基本的に国のガイドラインに従わざるを得ないが、評価フローに後付けする形でオプション的な扱いでなら側部抵抗モデルを使用できるという結論に至りました。
(図1参照)(項目1.の採用


図1 第二次スクリーニングの優先度評価フロー(担当課による改良版)
「評価基準⑥:変動確率」で統計的側部抵抗モデルを使用する。
具体的には、安全性評価指数が低い盛土(危険側の盛土)をランクCからランクBへ上げる。


 図1のように評価フローを改良して使用することの可否について、担当課から国へ問い合わせたところ、国の姿勢は、基本的にガイドラインに沿って事業は進めていくものだが他の手法による評価を妨げるものではない、との回答だったそうです。

 これは実に興味深く、ガイドラインは単なる技術的助言であり法的拘束力を持つものではない、という事を言われています。ガイドラインは法令のような拘束力があるわけではなく、より良い方法があればそれで構いませんよ、ということです。
 だからといって、国のガイドラインを独自にカスタムして運用する自治体はほとんどないと思いますが…

 こうして、部分的ではありますが、大規模盛土造成地の地震時安定性の評価に、統計的側部抵抗モデルが取り入れられることになりました。
 残りの項目は、今後の課題にされたわけですが、部分的であっても、採用されたものがあったことは筆者にとって大きな成果でした。



<まとめ>
 以下、今回の試みについて総括してみます。

○普通に生活している人にとって、陳情はあまり縁がないものです。
ただ、専門的な知見があって、しっかりとした主張があり、過度な要求でない等の要件を満たせば、行政の活動を多少とも改善するための有効な手続きであると思いました。

○また、行政に物申したいことがある場合、こうした具体的な手続きを踏むことで、直接的に働きかけることができます。
賛否あるかもしれませんが、技術者の視点から積極的に行政へ参画していくことも今後必要と思われます。
ただ、陳情は完全なボランティア活動にはなります。だからこそ力を持つ側面もあると思います。

○今回の陳情は、国のガイドラインに関するものだったので、地方自治体ではなく国を相手先にすることも考えられました。
しかし、これについては、同時期に同じような内容で国会質問がなされましたが、改善の気配がなかったため断念しました。

○一部の内容は採用されたものの、最終的に陳情の結果が“撤回”となったことは残念でした。
また、今回、ガイドラインの改善された部分も全体から見れば微々たるものに過ぎず、国のガイドラインの罪深さを感じます。
来たる大地震での宅地被害を減らすため、少しでもできることを模索していこうと思います。

○今回の件で、地方行政や地方議会の様子を多少踏み込んで見れたことも収穫の一つでした。
普段の生活でほとんど触れる機会はないと思いますが、意外と日常生活に関わる身近なことが議題に上がり議論されていたりします。
そういった現場を見れたことも勉強になりました。

○最後に、今回の陳情の手続きに関わってくださった建設常任委員会、議会事務局、担当課の方々へお礼申し上げます。